パラオ在住者、元在住者、パラオ関係のお仕事の人、パラオを愛する人々によるパラ×パラオリジナルコラム
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ラオは1914年から31年間、日本の統治下にありました。今もその名残をパラオのそこ彼処で見聞きできます。そのひとつに今もパラオ人達に使われている日本語の単語達があります。
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じめまして、パラオ政府で働いていますToshi(パラオ内通称)と申します。縁あってパラオ×パラオに寄稿させていただけることになりました。面白楽しく読んでいただけるか心配ですがパラオ流に努力(?)しますので、宜しくお願いします。パラオは1914年から31年間、日本が統治し鉱石採掘、農業、漁業などで沢山の日本人が働いていました。その数はパラオ人の数の数倍だったそうです。今でもパラオには当時の建物や機材の残骸を島の所々で見掛けます。同様に日本人の持ち込んだ生活習慣の名残を今も感じることが多々あります。今回はその一つ、パラオ人が今も使う日本語の単語達の一部を私の日常エピソードと共にご紹介します。
職場で良く耳にする単語で最頻出はデンワ(電話)です。「Toshi, denwa!」と呼ばれます。経理ではハラウ(払う)が使われます。勘定や箱の蓋が閉まらないとアワナイ(合わない)、ダメ(駄目)。日本でも職場に一人くらい居ると思いますがコマカイ(細かい)人。海外出張手配で頻出するのがスコーキ(飛行機)、「地球の歩き方」では飛行機が訛ったと紹介しています。当時コロールには水上飛行機が配備されていたのでスコーキに縮められたのではと私は思っていますが定かではありません。それからタンジョウビ(誕生日)、シャシン(写真)、ベンジョ(便所)、アブナイ(危ない)などの単語もよく使います。私は残念ながらパラオ語が話せないので英語でコミュニケーションしていますが、私が日本人なのでパラオ人たちはこれらの日本語を英語に混ぜて話してきます。例えば「Take a shashin. (写真とって)」。耳慣れた単語は良いのですが、初めての単語は戸惑います。先日は同僚が「Do you have a oshipin?」と聞かれ思わず「Oshipin what?」と聞き返しちゃいました。彼女が指差したのは「押しピン(画鋲)」でした。何かを説明をしているときにパラオ人に「アア、ソウデスネー!」と相槌されることがあります「解ってるのかな?」と思い反応に困ります。


パラオ語化した日本単語はとりわけ中高年の中に多く残っているようです。少し話しがそれますがパラオ共和国は議会制民主主義です。センキョ(選挙)でダイトウリョウ(大統領)や議会が選出されます。一方で昔の集落の酋長や女酋長の末裔達が今はトラディショナル・リーダーと呼ばれ地域コミュニティでは今も尊敬されています。そんなトラディショナル・リーダーを集めて私の大ボスのダイレクタがプレゼンテーションをしたときのことです。完全パラオ語で全く理解出来なかったのですが、1枚のスライドに目が留まりました。タイトルはDOGUBAKO、気になったので後でダイレクタに聞くと「Toshi, Japanese, it’s a tool-box(道具箱)」と言って笑っていました。「やっぱり」と私も笑ってしまいました。その会議で司会が紹介を噛んでしまい思わず「ゴメン(ご免)」。ちなみに会議などで強行に反対するようなことをアバレ(暴れ)と言ったりします。
車を運転しながらラジオを聴いていてよく耳にするのがトクベツ(特別)、ショウバイ(商売)、バショ(場所)などです。おそらく地元の経済ニュースか何かだろうと想像しながら聞いているのですが、最近あることに気が付きました。それは私の脳がトクベツとインプットされると一度 special に翻訳し、それから「特別」と理解しているのです。ショウバイ→business→商売、バショ→place or location→場所、と云う感じです。「私の脳は素直じゃないな。」などと思い一人で笑っちゃいました。
センセイ(先生)、シューカン(習慣)、ヤサイ(野菜)などまだまだ沢山あります。多くのパラオ人は日本人とおしゃべりをして彼らの日本語をタメス(試す)のが好きなので、パラオに来たらパラオ人ともお話しをしてみて下さい。
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三澤 俊和 (Toshi) |


