オリジナルコラム
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執筆者: 三澤 俊和
vol.139 アウトリガー・カヌーにはまる
13901.jpgポリネシアやミクロネシアで盛んなマリンスポーツ、アウトリガー・カヌーはパラオでも人気のスポーツです。他の島々に比べ波が穏やかなパラオはアウトリガー・カヌーを楽しむには絶好の海です。(アウトリガー:カヌーや小型ボートなどで、舷外に腕木を張り出して取り付ける安定用の浮材、大辞泉)

このカヌー、正式にはハワイアン・アウトリガー・カヌーと云うらしいのですがパラオの伝統的なカヌーに構造的には良く似ています。パラオでは6人乗りのロング・カヌーが人気です。
櫂はカヤックと同様にパドルと呼ばれますが、水を掻く面は棒の片方にしかありません。日本でも行われているドラゴン・ボートに似ています。

13902.jpgパラオでカヤックは主にネーチャー・ツアーなどの自然観賞に活躍していますが、カヌーはスポーツとして楽しまれています。パラオに来られた方は静かな水面に夕陽を浴びてパラオ人達が白いカヌーを漕いでいる様子をご覧になった方もいると思います。現地の友人にしつこく誘われ冷やかし半分で参加した私ですが、その半年後にはマイ・パドルをオーダーするほどにはまってしまいました。

パラオ人達は国内の競技会や海外遠征に向けて日々鍛錬していますが、私はしんどいレースが苦手なレクレーション・パドラーです。
私にとってカヌーの魅力は自分の五体と五感でパラオの豊かな自然を存分に感じることが出来ることです。夕方、パラオの海に出て水音、風、島々と緑、空を感じながら汗を流すと、最高にリフレッシュされます。パラオが乾期のこの季節は日没が早くカヌーを漕いでいるうちに陽が沈んでしまいます。夕陽で金色に染まった空は紅色を増し、そして闇が訪れる頃ロックアイランドは月明かりと星明りで浮かび上がります。そんなときカヌーはパドルが海面を切る水音だけを残して進んで行きます。

13903.jpg一見6人がただ漕いでいるだけのようなカヌーですが、よりスムーズに進むようにいくつかの役割があります。
先ずステアリング、最後尾で舵を取ります。アウトリガー・カヌー自体には舵がついていないので、舵取りはパドルを海面に差し込むことで行います。海流と風を読み、浅瀬を避けながら舵を取りつつ6番目の漕ぎ手も務めるステアリングは技術と経験か必要な役割です。
二つ目の役割はコーラー、漕ぎ手がパドルを左右持ち代える合図の声を掛けます。長い時間、右側だけや左側だけ漕いでいると片腕だけ疲れてしまうので10掻き程度で左右をスイッチします。このタイミングを決めるのがコーラーです。
そして先頭の漕ぎ手がストロークと呼ばれ、パドルを漕ぐピッチをリードします。2番目以降の漕ぎ手はストロークのパドルに合わせて漕ぐことが求められます。全員のパドルが揃うとカヌーはスムーズに早く進みますが、誰かが遅れたりするとブレーキになります。理想的にはパドルの先が海面に入るところから抜くタイミングまで一致するようにします。ストロークは海流やレースの状況でパドルのピッチをリードします。ストロークの座るカヌーの先頭部分は胴体がすぼんで狭くなっていてパラオ人に比べ小柄な私でもここに座るとスッポリとはまってしまいます。

13904.jpgいつも静かなパラオの内湾もときに波立ちます。アウトリガーで比較的安定の良いカヌーですが、波の高い日は緊張します。波が上下して思うようにパドルを漕げません。ときには水をかくはずのパドルが空を切り、また二の腕まで水中に没してしまいます。こんな海ではいつもその昔、小舟で海を渡った南洋の民のことを思ってしまいます。
パラオに来られて機会がありましたらアウトリガー・カヌーにも挑戦してみては如何ですか。
<記:09/12/26>


三澤 俊和

三澤 俊和 (Toshi)
Ministry of Health, Republic of Palau 契約職員

vol.133 防災訓練 in パラオ
仕事柄、パラオで広域防災訓練があると声が掛かります。私はいつもパラオの人達の真面目さとおおらかさの中で実施される防災訓練に興味津々で参加しています。
防災訓練は台風災害や航空機事故を想定して行われ、米国ジョイント・タスク・ホース(米国陸海空軍、海兵隊とコースト・ガードの合同チーム)やFAA(米連邦航空局)が指導しています。今回は旅客機事故・防災訓練の様子をご紹介します。

13301.jpg訓練には国家緊急管理室、空港関係者、消防、警察、保健省・国立病院、パラオ赤十字、在パラオ駐留米軍が参加しました。防災システムのレクチャーと机上シミュレーションが各2日、最終日に空港施設と国立病院で実地訓練が実施されました。
机上シミュレーションは空港施設と滑走路が書かれた一畳程のシートと旅客機や消防車の模型を使い、司令部、トリアージ(どの患者から治療するかという治療の優先順位のこと、大辞泉)・エリア、避難誘導路の配置と確保手順、関係部署の連絡手続きが繰り返し訓練されました。始めはテーブルの周りに集まりお互いの顔を見ながら和気藹々でしたが、テーブルから少し離れマイクを使用、コーナーに離れ無線機で交信とコミュニケーションの難易度を上げて行くと真剣さも増して会場は熱気を帯びて来ました。

13302.jpg実地訓練の日、朝から100人を超えるボランティアがパラオ国際空港に集まりました。彼らのその日の役目は事故を起こした旅客機の乗客、負傷者役です。彼らには負傷の容態が書かれた札が配られ、負傷想定箇所には血糊のペイントが施された後、マイクロバスで滑走路に向かいました。パラオ国際空港は一日の離着陸数が少なく、特に日中は希です。と云うことで普段は入れない滑走路を思いっきり使っての訓練です。 ボランティア達はパラオの熱い太陽に焼かれた滑走路に横たわり訓練が開始されました。
13303.jpg無線で「左主翼から出火した旅客機がパラオ国際空港に向かっている」との通報が入り事故機受け入れ態勢が取られます。続いて「旅客機が滑走路で大破」との連絡が入ると空港消防隊の装甲車のような最新鋭消防車がサイレンを鳴らして出動しました。消火活動か終了すると、負傷者の救出とトリアージ、軽症者の避難誘導です。通報で国立病院から駆けつけたメディカル・チームが負傷者の容態を確認して治療の優先順位を示すカラー・リボンを負傷者役に着けて行きます。その頃、続々と負傷者搬送のため救急車やピックアップ・トラックが現場に到着します。なにぶんパラオは小さな国ですから大事故に対して救急車の数が限られているのでトラックの登場となりました。この日、国立病院まで搬送された負傷者役のボランティアは50人を超えました。避難誘導と搬送が終了後、米軍キャンプの軍医が滑走路に転がる遺体役の黒い大きなゴミ袋を確認している姿はチョット・リアルでした。
13304.jpg国立病院でも負傷者の受け入れ訓練が行われていました。国立病院には負傷者の家族役や報道関係者役のボランティアが居て、警備員と揉み合う様子は迫真の演技(?)です。「燃料を浴びた」と云う札を掛けた負傷者役はER(救急医療室)前の浄化エリアで防護服を着た看護士に水浸しにされていました。
パラオの高い青空と焼け付く太陽で陽炎の立つ滑走路で行われた防災訓練は3時間ほどで無事終了しました。私にはとても興味深い一日でした。訓練後、参加者に配られたTシャツにはパラオ語で「A KII!」(痛!)「A KOI!」(痛てっ!)と書かれていました。訓練の中にもユーモアを忘れないパラオ人、なんだか楽しそうじゃありませんか。

三澤 俊和

三澤 俊和 (Toshi)
Ministry of Health, Republic of Palau 契約職員

vol.99 Outbreak(大量感染)予防 パラオ編


 

んにちは、今回は職場ネタから。パラオは常夏の国ですが風邪をひくことはあます。南海の島国パラオは外界と比較的隔離されていて海外からの細菌やウィルスに対してパラオ人や在留者の抵抗力が弱いと思われています。観光シーズンになると病気になる人が増え、病院に来る人が多くなるような気がします。そんなパラオでのOutbreak(大量感染)予防への取組みのお話しです。
 皆さんSARS(重症急性呼吸器症候群、新型肺炎)を覚えていますか?5?6年前に世界で感染が広がり各国の国際空港ではツーリストが皆マスクをし、入国時にはサーモグラフィなど厳重な健康チェックが行われました。パラオ政府はパラオへ定期直行便を就航していた台湾でSARS感染者が確認されため、台湾からの航空機乗り入れを休止させました。台湾からの年間観光客数は日本人観光客数のおよそ二倍で、台湾便が止まっている間はロックアイランドがとても静かだった事を覚えています。幸いにパラオではSARSの感染は確認されませんでした。
 世界で蔓延したノロ・ウィルスは記憶に新しいと思います。不運にもパラオでも感染が発生しました。最初に感染が報告されたのは離島でしたが、数日後には中心地コロールで感染が確認され全国に感染が広がりました。保健省では感染防止のため「石鹸と水による手洗い」の啓蒙キャンペーンを展開、ポスターや看板をパラオ中の公共施設や主要道路脇に掲示しました。今も当時のポスターが病院や学校などに残っていて目にした方も多いと思います。人口2万人のパラオで確認されたノロ・ウィルスの感染者数は最終的に777人に上り、これは1000万都市東京であれば約40万人に相当、大変な出来事でした。
 現在世界では鳥インフルエンザが変異して新型インフルエンザが大流行するのではと懸念されていますが、今も鳥インフルエンザ自身の拡散も依然として危惧されています。パラオにも養鶏場があり、新鮮な卵を食べることが出来ます。パラオに来られた方は早朝から街のあちこちで鶏が鳴いているのを聞いた経験があると思います。パラオでは闘鶏が盛んで一般の家庭でもよく鶏を飼っています、一部の鶏は野良化してヒヨコを連れてウロウロしています。鳥インフルエンザの確認されているインドネシアと隣接し、小島伝いに渡り鳥が行き来するパラオでは政府の保健省、公安局、検疫、農業局など組織を横断した鳥インフルエンザ予防タスク・フォースが編成されています。タスク・フォース・チームでは死んだ鳥を発見した場合は警察に報告(コール・911)するように市民に呼びかけ、環境衛生チームによる回収と海外の研究機関へのウィルス検査依頼を行っています。幸い、現在までパラオで鳥インフルエンザは確認されていません。子供が花火遊びをしていて鶏に当たってしまいショック死した例があった程度です。
 世界的に懸念されている新型ウィルスの感染拡大防止には発生初期にその地域への集中的な予防接種が有効と考えられています。小さな島国で半径5Kmの円に納まるコロール州中心部の3つの島に国の人口の8割が集中するパラオがもしそれに直面すると、全ての居住者(全人口)にワクチンを接種する必要があります。パラオ(おそらく世界のどんな国も)が嘗て経験をしたことの無い未知の挑戦となります。
 パラオ政府は新型インフルエンザ対策で世界保健機構(WHO)など海外の保健機関から流行予防の指導・支援を受けています。例年季節的なインフルエンザ感染防止のため少量の予防ワクチンが提供され感染リスクの高い病院関係者を中心に予防接種が実施されて来ました。今年は鼻から吸入するタイプを含め大量の通常インフルエンザ予防ワクチンが提供され、パラオ保健省はワクチンの有効期限内での有効活用として予防接種の大量実施プロジェクトを計画、南西諸島を除くパラオ全地域を対象に無料で実施しされました。計画から実施・評価まで2週間と云う通常のパラオでは想像出来ない迅速なプロジェクトでした。実施期間は1週間、平日のため夕方5時から9時、各地域の集会所などで実施され、パラオ人、在住外国人、幼児からお年寄りまで4300人、人口の2割強が接種しました。
 海外旅行でどこに行くときも同じですが、体調を整えて楽しいパラオを満喫して下さいね。

 

三澤 俊和

三澤 俊和 (Toshi)
Ministry of Health, Republic of Palau 契約職員

 

 

vol.90 一日中、空・海を見ていたい

 

なさん、こんにちは。今回はパラオに来たことのある人、パラオ在住者には「あれね!」と云うパラオで見られる海や空の日常的な風景のお話し。
 パラオヘ来て最初の職場では個室で一日中パソコンに向かっていました。その部屋は四畳半ほどの広さで東・南・西の三方に窓があり、パラオの季節を眺めて癒されていました。日本では日当たりが良い部屋は南向きが常識、ではパラオでは?パラオは北回帰線と赤道の間、赤道寄りにあり季節によって太陽は南の部屋に射したり、北の部屋に射したりします。その境の季節は南・北どちらの部屋にも陽が入りません。そんなとき、正午に外へ出ると太陽は頭の真上にあり影は足元にだけ、犬達は日陰を求めて車の下で寝ています。随分以前にどこかの小説で読んだ記憶のある、影の消えるこの季節が来ると私は何故かワクワクしてしまいます。日本からパラオに来たら暑さに負けず、正午に太陽を見上げてみて下さい。そしてその高さを感じていただければと思います。
 パラオで早朝ダイビングをされた方達は日の出をご覧になったと思います。私はパラオで一番大きな島、バベルダオブ島の東海岸で見る日の出が好きです。東海岸は浜からリーフまでの距離が近く、朝陽はルーフに砕ける波の向こうの水平線から昇ります。砕ける波、浮雲と朝陽のハーモニーが好きです。
 パラオでは小さな雨雲が足早に駆け抜ける通り雨によく出会います。こちらはスコールだったのにコーズウェイ(土手橋)を渡り隣の島へ行くと道は乾いているなんてことがよくあります。今の職場はコロール州のアラカベサン島にあり、机の前の窓から海を挟んでバベルダオブ島西側のアイメリーク州辺りが良く見えます。コロールから見ているとアイメリークには雨雲が掛かっていることが多く、雨の多い地域として知られています。パラオ人から聞いた話しですが、パラオの島々は昔巨人が倒れて出来たと云う伝説がありアイメリーク周辺はその巨人の股間にあたるのでいつも湿っているのだそうです。ところでそのアイメリークには日本の気象研究機関の無人観測所があり、ボートでバベルダオブ島の西側を行くと山の上に観測レーダーが見えます。ダイビングで通ることがあったら探してみて下さいね。
 ダイビングに行くと云えば、ダイビング・ボートで移動中にエメラルド・グリーンの浮雲を見掛けることがあります。藍色の海、緑色のこんもりとしたロックアイランド、青い空に白い雲、そんなお約束の景色の中にエメラルド・グリーンの雲がプカプカと浮かんでいます。雲の浮かんでいる位置から推測して環礁など浅瀬で緑色の海の上にある雲だと思います。私はこの雲を見ると虹を見た時のような幸せな気持ちになります。ちなみにパラオはRainbow’s End と云われていて、朝や夕方に虹をよく見ることが出来ます。運が良ければ島と島を繋ぐ虹の架け橋なんかにも出会えますよ。
 環礁に囲まれたパラオの内海は大体いつも湖の様に穏やかです。そんな海がさらに鏡の様に細波も立たないほど平らになるときがあります。高速で走るスピード・ボートから水中が不思議なほど良く見え、水面に映った自分の姿がデジカメで撮れちゃう。海は空を映し、空と海が溶け合って水平線の見分けがつかず小島が空に浮かんでいるように見えます。私はパラオ・マジックに掛かってしまったのでしょうか?
 夕焼けは世界中どこで見ても心を動かされます。パラオのそれも時に赤く、あるいは黄金色に。雲やスコールとのコントラストでふと足を止めてしまうことが度々です。最大標高200mの平らな南海小島パラオでは夕陽を遮るものは雲だけです。西に沈む夕陽はそのまま東の空を染め、水蒸気に満ちた南洋の大気は時にスモークの様に光の帯を西から東へ見事に投影して大パノラマを作り出します。私は陸上競技場でトラックをゆっくり走りながら360度の夕空を眺めるのが好きです、そして白い月が昇って来てくれると時を忘れてしまいます。
 新月で月明かりの無い夜、街明かりの多いコロールを少し離れると星の洪水でお馴染みの星座達が霞んでしまうほどの星空を見ることが出来ます。月夜の晩は月の明るさに星が負けてしまいますが、月明かりに照らし出された海やロックアイランドはとても幻想的な眺めです。

 

私には、出来ることなら一日中でも空・海を見ていたいパラオです。

 

三澤 俊和

三澤 俊和 (Toshi)
Ministry of Health, Republic of Palau 契約職員

 

vol.79 パラオで走る

 

んにちは、日本では多くの方がジョギングや市民マラソンを楽しんでいますね。日本ではホノルル・マラソンが有名ですが、ここパラオでも年に一度フルマラソンのレースが開催されています。今回はパラオを走るお話しです。
常夏パラオの年間平均気温は27?28℃、年中暑いのです。4月某日にYahoo USAでPalau Weatherをチェックしたところ最低気温が26℃、最高気温が31℃、Feel Like(体感気温?)が37℃でした。パラオは日本に比べ走るには酷な環境ですがウォーキングやジョギングを楽しむ人達がいます。
パラオでは記念日や行事の一環としてWalkathon(ウォーカソン)と云うイベントが盛んに行われています。ウォーカソンは早朝、日の出の頃(6時頃)にスタートして5Kmの一般道コースを思い思いに歩いたり走ったりするもので順位やタイムをほとんど気にしません。最近は10Kmのランもよく併せて行われるようになりました。皆、早朝にいい汗をかいて、三々五々帰って行きます。
 パラオでみんながウォーキングやジョギングを楽しむのは早朝や夕方です。私がよく走っているのは車の多い繁華街を避け、住宅やホテルの多い地域です。早朝に走るのは清清しくとても気持ちが良く、家の軒先に咲く南国の花や何気なく生っているバナナが朝陽を浴びてとても綺麗です。朝、パラオ人の家の縁側ではよくお爺ちゃんやお婆ちゃんが涼んでいます。走りながら手を振ってウンギルツタウ(おはようございます)と挨拶すると、皆気軽に笑顔でツタウ(おはよう)と応えてくれます。私の幸せな時間です。
休日で曇りや雨上がりの日中にジョギングしていると、いつも同じ家のパラオ人のおじさんに「Too much undou(運動)no good!」と忠告され、スーラン(ありがとう)と応えています。夕方はウォーキングやジョギングをしている人達や、自転車や三角ベースをして遊んでいる子供達と出会います。皆、なんとなく顔見知りになって軽い挨拶を交してくれます。
パラオのフルマラソンは毎年4月に開催され、今年で5回目になりました。当日はフルマラソンの他、ハーフマラソン、ハーフマラソン・コースを2?4人で走るリレーが同時に行われ、多くのパラオ人やパラオ在住の外国人、ツーリストが参加しています。スタートはパラオで一番大きなバベルダオブ島でゴールはパラオ・パシフィック・リゾート(PPR)ホテルのプライベート・ビーチ、折り返しはありません。
フルマラソンは例年早朝4時、まだ真っ暗なバベルダオブ島の周回道路をスタートします。フルマラソンの参加者は今まで10人を超えた事が無く静かなスタートです。住宅も道路灯も無い道を伴走車のヘッドライトに照らされヒタヒタと走ります。パラオをほぼ真っ直ぐに南下するコースは南十字星を目指して走って行きます。伴走車のエンジン音と森を渡る風の音、自分の足音だけの静寂の中を南十字星、天上には無数の星達と天の川、こんな贅沢なマラソン聞いたことがありません。東の空が闇から青へ、山間には雲が立ち上り、そして空全体が白み清清しい早朝の景色が広がる。一番快適に走れる時間が過ぎて行きます。ところが太陽が顔を出した途端、気温は30℃を超え忍耐のレースが始まります。コースはバベルダオブ島から大きなパラオ・日本友好橋を渡るとコロール州に入りゴールまでは後10km。朝のコロール繁華街を抜け、私の職場の国立病院を過ぎるとゴールはもう少しです。最後はホテルのプライベート・ビーチを200m走ってフィニッシュ、42kmを走った後の真っ白な砂浜を駆けるのは言葉にならないほど嬉しくて、辛いです。ハーフ・マラソンはフルマラソン・コースの中間地点から、2時間遅れでスタートとなります。フィニッシュの後はそのままビーチに転がるもよし、海に入って疲れた足をクールダウンすることも出来ます。ペコペコのお腹にはビーチに軽食のビュッフェが待っています。みんな参加した同士(同志?)食事を頬張りながらコースやレースの話しに花が咲きます。
とても手作りでアットホームなパラオらしい大会です。4月にはマラソン大会、12月にはトライアスロン大会が開催されます。パラオでの観光にスポーツ・イベントを組入れるというアイデアは如何でしょうか?

 


 

 

 

三澤 俊和

三澤 俊和 (Toshi)
Ministry of Health, Republic of Palau 契約職員

 

vol.51 パラオで森へ行くのも好き

んにちは皆さん、読んでいただいてありがとうございます。パラオと云えばロックアイランドとダイビングですよね、私も大好きです。でも今回はパラオの森のお話。パラオで一番大きな島のバベルダオブ島はこの数年で道路が整備され開発も進んでいますが、まだ原野や森がいっぱいで、小さな集落が点在しています。私の楽しみはそんな地方へ行き森に入ることです。

 

私と森との関わりは通称ハッシュランと呼ばれるゲームによるものです。ハッシュランはリボン等のマークで設定されたコースを参加者がマークを辿りながら場所を知らされていないゴールを目指すゲームで、グアムやバリなど多くの土地で開催されているそうです。パラオでは主に地方の旧道や原野、森の中を走るコースが設定されます。

南洋の島国パラオの森は「ジャングル」ですが、山側には殆ど危険な動物が居ません。小型のトカゲや蛇は見掛けますが、猛獣や毒を持ったものは居ません。猪や大型トカゲが居るらしいのですがまだ私は遭っていません。でも蚊や蜂は普通に居ますし、ポイゾン・ツリーと呼ばれるウルシのように樹液に触れると被れる木や、鋭い棘のある植物がありますので油断は出来ません。

魅力の一つは森を駆けていると童心に戻ることです。森の中は起伏に富んでいて丘、小さな尾根や沢、川、湿地が多くあります。森は雑木林の趣ですが、大きなガジュマルや板根を持ったサキシマスオウノキも見掛けます。大小の風倒木があり、大木が朽ち掛け苔生していることも。そんな森を駆けるには、上り下りでは木を手掛かり足掛かりにして進み、風倒木を乗り越え、くぐり、小川を渡る橋代わりとします。沢登りでは2mほどの小さな滝の岩肌を登ることも、段々畑の様なパラオの史跡「ケズ」では急坂をお尻で滑り降ります。バランスを取るため少し身を低くして木々の間をスキーのスラロームの様に森を駆け、胸まで水に浸かり川を渡る、気分はもう丸腰の「ランボー」です。

日常のことは頭から消え、四肢の筋肉に心地良い疲労感を感じつつ(実は相当苦しい)、目を凝らしてマークを探しながら森を感じて駆ける、私には最高の時間です。湿地は少々やっかいで右足が沈まぬうちに左足をそしてまた右足を進めます、これって何だか忍者修行? 時には泥にはまって靴を取られ「あっ」でも勢いは止まらない「あ?あ?」靴の脱げた足は泥の中へ、回れ右をして靴を取り泥だらけの足で靴を履く「とほ?っ」、でも皆ワーワーキャーキャーいって子供の泥遊びよろしく楽しんでいます。

 

もう一つの魅力は私を鍛え励ましてくれる森です。ハッシュランのコース作りでは、森に入る前に地図や衛星写真で地形とスタート・ゴール予定地の位置を確認します。森に入るときはコンパスと刃渡り40cmほどのナイフ、水を持って行きます。半日以上森や原野を彷徨うので水は必需品です。森へ入ったらマークを付け、前後を確認しながら進みます。参加者に楽しく安全なコースを作りたいですし、ここで迷ってしまっては誰も助けてくれません。

森の中で進路を決めるときは五感を駆使します、足場を確かめ、水音に耳を澄まし、水の匂いや湿った風に気配りします。森に入ると聞こえてくるのはザワザワと風に揺れる木々の葉の擦れ合う音、鳥の囀り。パラオの国鳥ビーブ(アオバト)のホーッホーッという(猿の様な?)鳴き声は特徴的です。森の中でぽっかりと木の無いシダの群生した場所に出ることがあります。一見容易に進めそうなのですが、身の丈ほどに成長したシダ原は全身で踏み倒しつつ進むしかありません。これがパラオの強力な陽射しの下では大変な重労働で3m?4mも進むと息が上がり汗が滝のように流れ落ちます。

 

森を抜け集落に出ると唐突に日本の原風景のような苔生した石畳の小道に出会うことがあります。おそらく日本統治時代に作られたものでしょう。見晴らしの良い丘の上に旧日本軍の塹壕が延々と続いていたりします。塹壕の縁には赤錆び草生した重機関銃や大砲が今も海の方を睨んでいる事も。森で米軍機の不発弾や沼に沈んだ旧日本軍戦車を見たこともありました。

森は私を試し、たしなめ、いろいろと教えてくれます。そして森から出て来るとサバイバーのような小さな自信をくれるのです。そんなパラオの森に行くのが私は大好きです。旅行者の方は滝見学ツアーに参加するとパラオの森をプチ体験出来るかも?! 

溝上拓哉

三澤 俊和 (Toshi)
Ministry of Health, Republic of Palau 契約職員

 

vol.32 電話でパラオを読む

なんてデカいエンジンだ!!!

ラオは人口2万人ほどの小さな国ですがPalau National Communications Corporation (通称:PNCC)と云う電話会社があり電話帳を毎年発行しています。厚さ1センチ弱、雑誌程度のコンパクトさできっちりとイエローページ、ホワイトページ、ブルーページ、そして(観光客にも有用な)パラオ情報が収められていてなかなか優れものです。

 

私がパラオに来たばかりの頃、所属の大臣秘書に政府の組織図を見せて欲しいとお願いしたところ彼女は即座に電話帳を取り(何で?)とある1ページをコピーしてくれたのです。これがパラオの電話帳と私の出会いでした。

パラオの電話帳は毎年表紙が変わります。表紙を開けると最初に日本と同様に警察や消防署、救急車などの緊急連絡先電話番号が記されています。目次の後には「電話使用上の注意」があり浴槽やシャワーの中、雷雨のとき、ガス漏れの場合は電話機を使用してはいけません(その通りです!)と親切に説明しています。そしてパラオ大統領からのメッセージや国際電話の掛け方、携帯電話、ケーブルTV、インターネットなどPNCCの提供しているサービスの利用方法が続きます。

そして唐突に今年の潮汐表が姿を現します。パラオ人がみんなダイバーな訳はありません。何故電話帳に「潮汐表」なのか問合せたことはありませんが、パラオ人にとって魚釣りが生活に密着しているからだと思っています。ボートを出して竿を引く、底釣り、橋から糸をたらす、投網、銛、スピアガンなどスタイルも様々です。ボートの所有率が高いのもこの故でしょう、庭にボートを置いている家が沢山あります。

続いて、Rainbow’s End Palau と題してパラオの島の構成、歴史、旅行者向け情報など旅行ガイドのようなページがあります。

ブルーページは政府機関とNGOのページです。議会の構成、省庁、州政府、海外機関、そして赤十字などのNGOの電話番号がここに載っています。小さな国ですが一通りの役所と組織が揃っています。またパラオにどの国が大使館を置いているかもこのページで分ります、日本大使館の電話番号もここにあります。電話帳を見るとパラオには米軍も駐留しています、といっても15人程度で土木や医療の支援をするもので軍備はなくゲートに衛兵も立っていません。ちなみにオーストラリア軍数人も鱶鰭(フカヒレ)の密漁取締りなど、パラオの海上保安支援のため駐留しています。

ホワイトページは固定電話加入者のページです。パラオ人の中には日本統治時代に日本人から名字や名前をラストネームに貰って今も続いている人達がいます。電話帳を見ていると一見日系人か日本人という名前を多く見掛けます。パラオは通常米国式でファーストネーム、ラストネームの順で名前を呼びますが、電話帳は東洋風(?)にラストネーム、ファーストネームの順です。アキタヤ(秋田屋?)マロンさんなど楽しい名前を探してみるのも面白いですよ。

イエローページはお店の電話番号と広告で業種毎に分類されています。旅行社やダイビング・サービスもここで見つけられます。小さな国ですが色々なお店があります。2007年版の電話帳を見ていて一つ変化に気付きました。パラオにもカラオケがあり英語、パラオ語、タガロ(フィリピン)語、韓国語、そして日本語などのカラオケを置いたレストランや呑み屋があります。2006年版までの電話帳にはカラオケ店の分類に沢山のお店があったのですが、2007年版には1軒だけになっていました、それも閉店してしまったお店だけ。どうしたのかと思い他を見ていたらみんなレストランの分類に店名にレストランを付けて載っていました。私の推測ですが、数年前にパラオでも文教地区で風俗営業を規制する法律が整備され、カラオケ店の営業免許の更新が遅れるということがあり、それでカラオケ屋さんがレストランに看板を架け替えたのでは???・・・なんて法律とビジネスのことも電話帳から想像しています。

パラオで電話帳を見掛けたらちょっと開いてみてください、小さな発見があるかもしれませんよ。(このコラムを10月にパラオを去る知人のトッド PNCCジェネラルマネジャーと夫人のサンディーに送ります、彼ら日本語が解りませんが・・・) 

伊井淳教 三澤 俊和 (Toshi)
Ministry of Health, Republic of Palau 契約職員

 

 

vol.14 パラオで日本語に出会う

ラオは1914年から31年間、日本の統治下にありました。今もその名残をパラオのそこ彼処で見聞きできます。そのひとつに今もパラオ人達に使われている日本語の単語達があります。

パラオで日本語に出会う

じめまして、パラオ政府で働いていますToshi(パラオ内通称)と申します。縁あってパラオ×パラオに寄稿させていただけることになりました。面白楽しく読んでいただけるか心配ですがパラオ流に努力(?)しますので、宜しくお願いします。 

パラオは1914年から31年間、日本が統治し鉱石採掘、農業、漁業などで沢山の日本人が働いていました。その数はパラオ人の数の数倍だったそうです。今でもパラオには当時の建物や機材の残骸を島の所々で見掛けます。同様に日本人の持ち込んだ生活習慣の名残を今も感じることが多々あります。今回はその一つ、パラオ人が今も使う日本語の単語達の一部を私の日常エピソードと共にご紹介します。 
職場で良く耳にする単語で最頻出はデンワ(電話)です。「Toshi, denwa!」と呼ばれます。経理ではハラウ(払う)が使われます。勘定や箱の蓋が閉まらないとアワナイ(合わない)、ダメ(駄目)。日本でも職場に一人くらい居ると思いますがコマカイ(細かい)人。海外出張手配で頻出するのがスコーキ(飛行機)、「地球の歩き方」では飛行機が訛ったと紹介しています。当時コロールには水上飛行機が配備されていたのでスコーキに縮められたのではと私は思っていますが定かではありません。それからタンジョウビ(誕生日)、シャシン(写真)、ベンジョ(便所)、アブナイ(危ない)などの単語もよく使います。私は残念ながらパラオ語が話せないので英語でコミュニケーションしていますが、私が日本人なのでパラオ人たちはこれらの日本語を英語に混ぜて話してきます。例えば「Take a shashin. (写真とって)」。耳慣れた単語は良いのですが、初めての単語は戸惑います。先日は同僚が「Do you have a oshipin?」と聞かれ思わず「Oshipin what?」と聞き返しちゃいました。彼女が指差したのは「押しピン(画鋲)」でした。何かを説明をしているときにパラオ人に「アア、ソウデスネー!」と相槌されることがあります「解ってるのかな?」と思い反応に困ります。 



季節ものではカンソウキ(乾燥期)、パラオの季節は雨期と乾期に分けられ乾期をカンソウキと言います。暫くまとまった雨が降らないとダムの水位が下がりみんな断水を心配し始めます。一般家庭やレストラン、ホテルでは断水対策に雨水を貯める銀色の大きなタンクを備えているところが多いです。 
パラオ語化した日本単語はとりわけ中高年の中に多く残っているようです。少し話しがそれますがパラオ共和国は議会制民主主義です。センキョ(選挙)でダイトウリョウ(大統領)や議会が選出されます。一方で昔の集落の酋長や女酋長の末裔達が今はトラディショナル・リーダーと呼ばれ地域コミュニティでは今も尊敬されています。そんなトラディショナル・リーダーを集めて私の大ボスのダイレクタがプレゼンテーションをしたときのことです。完全パラオ語で全く理解出来なかったのですが、1枚のスライドに目が留まりました。タイトルはDOGUBAKO、気になったので後でダイレクタに聞くと「Toshi, Japanese, it’s a tool-box(道具箱)」と言って笑っていました。「やっぱり」と私も笑ってしまいました。その会議で司会が紹介を噛んでしまい思わず「ゴメン(ご免)」。ちなみに会議などで強行に反対するようなことをアバレ(暴れ)と言ったりします。 
車を運転しながらラジオを聴いていてよく耳にするのがトクベツ(特別)、ショウバイ(商売)、バショ(場所)などです。おそらく地元の経済ニュースか何かだろうと想像しながら聞いているのですが、最近あることに気が付きました。それは私の脳がトクベツとインプットされると一度 special に翻訳し、それから「特別」と理解しているのです。ショウバイ→business→商売、バショ→place or location→場所、と云う感じです。「私の脳は素直じゃないな。」などと思い一人で笑っちゃいました。

センセイ(先生)、シューカン(習慣)、ヤサイ(野菜)などまだまだ沢山あります。多くのパラオ人は日本人とおしゃべりをして彼らの日本語をタメス(試す)のが好きなので、パラオに来たらパラオ人ともお話しをしてみて下さい。

三澤俊和

三澤 俊和 (Toshi)
Ministry of Health, Republic of Palau 契約職員