オリジナルコラム
nicedaytour
執筆者: 坂入 迪郎
vol.113 私の中でのGTと浪人鯵
11301.jpgにとっての釣とは、実に奥深く、数少ない本能を刺激する大人の遊びだと思っています。
昔から釣は「フナから始まり鮒に終わる」と言われています。子供の頃、小川や小池でその辺りに有る竹を使い小ブナやザリガニと遊ぶのが釣の始まり。その後、渓流や海にとエスカレートし、年を重ね渓流にも海にも行けなくなり釣堀でヘラブナ位しか出来なくなるからだと聞いた事が有ります。

前回このコラムにも書いたのですが、私の場合ルアーから釣りの世界に踏み込んだ事に因り、必然的に他の人よりも早く海に目が向いていました。シーバス(スズキ)、カツオ、シイラ等、海にはルアーフィッシングで釣れる魚が沢山居ます。海でルアーフィッシングにハマルと、より大きな魚へと目が向き、沖縄、北海道そして海外遠征と言う甘い誘惑がチラつき出します。
より遠くへ行けば行くほど、大きな魚が釣れるのでは?と言う妄想の元、費用と家族との折り合いを付け男は南の海を目指すのです。TVで見たり、本で読んだり、ビデオを見たりして想像だけが膨らんで行きます。その目線の先には必然的にGT-すなわち浪人鯵が見えて来ます。コバルトブルーの珊瑚礁の海で、海底が見える程の浅い場所で、大きなルアーにアタックする勇士とともに!!!!!

11304.jpg何時の頃からか私は区別しています。GTと浪人鯵とを。同じ魚なのに。
海のルアーフィッシングの世界でも、最高峰のゲームとして位置付けられているGTと、マニアックな究極の釣としての浪人鯵と、どこがどう違うのでしょうか?GT(ジャイアントトレバリー)の釣りは、ガイドが案内したポイントにGT用の大きなルアーを投げ、小魚が逃げ惑う様子をルアーで演出する。100g以上のルアーをフルキャストするには、多少の慣れが必要では有りますが、ガイドの言う事を理解すれば釣れる確率は高くなります。
ルアーフィッシングの最高峰に位置付けられている魚だけに、人間の常識を覆すアタックと、これ程魚が引くのか?と言う程の引きが釣り人を魅了して止まないのです。

11303.jpgダイナマトフィッシングとも言われるGTフィッシングは、水面が爆発したかの様な水飛沫を上げてルアーにアタックしてきます。強烈な引き込みに耐え、頭をボートに向かせる事が出来れば半分は取ったも同然です。1mでも遠くへとルアーを投げ、小魚が逃げ惑う様子や、小魚が捕食される様子をルアーで演出すれば、沖の珊瑚の影や岩の割れ目から何時か必ずGTがアナタのルアーにアタックして来ます。
今度は来る、今度こそ来る、次の一投でアタックして来る事を信じ、投げ続ける事が出来ないとこの釣りは成立しません。このGTフィッシングの不効率さを考えると、インテリはヤラナイだろうナと、私は思う。それだけに、釣り上げた時の喜びは表現出来ないかとも思います。同乗者もガイドもキャプテンも、自分が釣り上げたかの様に喜びを表現します。他の釣りでは、見る事の出来ない一体感と感動がその場に溢れます。

GTは体の大きさに対して、内臓の比率が少ない魚です(内臓比率が少ないと、成長が遅い)つまり、大きくなるのに、数年イヤ十年数年の期間が必要です。従って、この十年月の月日が彼達に十二分に学習する時間を与えることになります。
透明度の高い海に生活する彼等は、学習する事に因り、ルアーを見切る事が早い。つまり、"スレル"のが早い魚の一つに挙げられます。私は最近の、より本物の小魚に似せたルアーの成績が良いのを少し不満に思って居る釣り師の一人です。
灼熱の太陽の下、大きなルアーをフルキャストし、仲間が食事をしているかの様な音と水飛沫でGTの食欲を刺激し、条件反射でルアーに食い付かせる。これがGTフィッシングの真骨頂だと私は思っています。

11302.jpgGTフィッシングが釣れそうなポイントにボートで行くスタイルだとすると、浪人鯵は岸からの釣りだと私は区別しています。
浪人鯵が、彼らのテリトリーから食事の為に小魚の住む比較的浅い場所に来るのを経験と勘で潮を読み、時間を考え掛けた魚を上げる場所、方法までを頭に描きます。そして浪人鯵が居るであろうと思われるポイントに、正確にルアーを投げ込み、捕食し易い様にルアーを操作するのです。良いポントにルアーを投げられれば、思いの外、簡単に食って来ます。何故なら彼等は食事に来ているのですから、旨そうで楽に食えそうなルアーには簡単に食い付くわけです。しかし、岸からの釣は魚を掛けてからが勝負です。それで無くとも、障害物の多い珊瑚礁の海で浪人鯵を掛けても、珊瑚に回り込まれたり珊瑚の溝に入り込まれたりと、魚を掛けてから浅い方向に引いて来るのに貴方の持っている運が大きく作用するのです。

ボートでのGTが、ルアーの音とシルエットに対して反射的に食う事が多いのに対して、浪人鯵は食事に来ている時間と場所を絞り込まないと食わせることができません。したがって、ボートでのガイドより磯からのガイドの方が難しいかも知れません。

足場の悪い隆起珊瑚の岩場を、スパイクシューズを履き、転んで怪我等をしない様に手袋をし、磯用の長い竿とボートより一回りも二回りも太い糸を使い、釣り人は像人鯵に挑みます。そして、食事の為とは言え、魚等にとって安全な場所から、浅い不利な場所に出て来る勇気を、尊敬を込めて私はGTでは無く「浪人鯵」と呼んでいます。



坂入 迪郎(サカイリ ミチオ)
16才の春から、ルアーフィッシングの虜と成り、湖、渓流、海、とルアーフィッシングの可能性を求め続ける。家庭を持ち、かつ、勤め人の身で有りながら年間50回以上の釣行を行った時期も有りました。今、パラオで、ルアーフィッシングを通じて、お友達を作りたいと考え、広く仲間を募集しております。パラオに釣りのクラブを作りませんか?



vol.60 GTを思い、海を思う

0m程度の水深だろうか?珊瑚の群生が波と光の織り成す亀の甲羅にも似た文様が揺れ動く海底を見ながら、様々に変化するペリリュー島の東側の岸寄り。ヤツが出て来るであろうと思われる所に大きなポッパーを投げ入れ、日本なら魚が逃げるのでは無いか?と思える様な水飛沫で、えさに成る小魚を捕食する様な音を演出する。

 

今度こそ出るか?次こそ出るか?と期待と希望とをルアーに込めて投げ続ける私。そんな時、フト思い出すのが十数年前、釣仲間に誘われて初めてパラオに来た時の事です。釣具もルアーも勿論のこと、GTフィッシングのノウハウさえも確立していない時代。ろくにアクションをしていないルアーに我先にと飛び付いて来たあのGT達は、今、何処へ行ってしまったのでしょうか?日本での釣の情報では「パラオは釣れなく成った」と言うのが通説に成りつつ有ります。確かに、釣り難く成っているのは事実ですが、釣れない訳では有りません。昔に比べて正確なキャストやルアー操作を要求されますが、私にとってまだまだパラオは十二分に魅力的なフィールドです。

居酒屋「夢」そして、GT Expressと言うフィッシングガイドを生業として、パラオに根を下ろそうとしている私が、日本からのお客様とのメールでのやり取りの中で「透明度世界一の海を持つパラオで・・・」と書き、提案し、お誘いし、パラオの海を案内した時、この綺麗な高透明度の海が後何年持つのだろうか?大好きな、本当に大好きなパラオの海が、少しずつ失われて行くのでは?何時までGTが釣れるのだろうか?と、不安に成る時が有ります(もっともそんな時は、釣れない時ですが)。

パラオを知る前、夢中で通った沖縄、石垣島では、浅瀬が観光客の誘致と言う甘い誘惑に因るゴルフ場開発の土砂流入で、膝位までがドロで埋まり珊瑚が無くなったのを見て来ました。何時まで「透明度世界一の海を持つパラオの海で、ポッパーを思いっ切りフルキャストして見ませんか」とメールに書けるのか?自然の持つ力の凄いのは承知してはいますが、パラオの海の綺麗さに後押しされ、パラオの海で生活している私にも、何かやれる事は無いのか?とフト思う時が有ります。もし、この先十年、現在のパラオの海の状態を保てたとしたら、本当の意味で、世界に誇れる海に成るのでは?とも思っています。

仕事柄、ダイビングショップの方々とお話する機会が多く、たった3年保護しただけで、ナポレオンフィッシュが物凄く増えているとの話も聞きますし、マングローブ林に、マングローブ蟹が増え、有機質を食べ、浄化に役立っているとも聞きます。私は釣氏ですが、ダイビングポイントをNOフィッシングエリアにする事には、ダイビング大国のパラオでは当然の事だと思うと同時に、日本の東京湾の浅瀬(三番瀬)が、稚魚を育て、人の手に因って汚された東京湾が、江戸前と呼ばれる魚を育てて居るのも承知しています。パラオでも、小魚が育つ浅瀬を残したりして、後世に、このパラオの海を、世界一の海として残したいと思うのは、私だけではないはずです。

と、時にこんな事も考えて居るのですが、エメラルドグリーンとコバルトブルーの海にボートを出すと、そんな事も忘れて普段のストレスを放出するが如く、ルアーを投げまくる私も居ます。一年でも長く、一日でも長く、パラオで釣をしたい。自身は勿論、お客様や釣仲間にもバーブレスフック(針の返しが無く、リリースが簡単で、しかも、魚に糸を切られても、魚が自分で針を外し易い構造の針の事)の使用を勧めたり、針の返し(バーブ)をペンチで潰し、バーブレス化する事を薦めています。ここ海の環境を守りたい、この海の魚たちを守りたい。ルアーフィッシングを通じて、糸の結び方や、ルアー操作、魚に優しいリリースの方法等も話しませんか? そして、美味しい魚の食べ方も。


坂入 迪郎(サカイリ ミチオ)
16才の春から、ルアーフィッシングの虜と成り、湖、渓流、海、とルアーフィッシングの可能性を求め続ける。家庭を持ち、かつ、勤め人の身で有りながら年間50回以上の釣行を行った時期も有りました。今、パラオで、ルアーフィッシングを通じて、お友達を作りたいと考え、広く仲間を募集しております。パラオに釣りのクラブを作りませんか?

 

vol.40 『パラオへの道』

れもしない1962年春、当時高校生だった私は、休みを利用して自転車で日光に出かけました。いろは坂はトラックに載せてもらい、湯の湖で昼食を取りました。フト湖を見ると、外国人が何かを湖に投げて居ました(今に思えばルアーフィッシングそのものでしたが)初めて見たルアーフィッシングは竿を上げる度に何かが掛かっている。私は不思議な気持ちでそれ見ていました。当時16歳のウブな?私は何かに取り付かれた様につたない英語で(今でも大した事は無いのですが)「What do you do?」と問い掛けました。そのアメリカ人の兵隊さんは、親切にも日本語で「これはルアーフィッシングと言う紳士のスポーツだ」と教えてくれ、さらに後日、軍の施設内の売店で竿とリールをプレゼントしてくれました。誰も持っていない玩具を手にした私の嬉しさをお解かり頂けるでしょうか?私が、まだまだ娯楽として認知されていないルアーフィッシングの魅力に取り付かれ、その可能性を追い掛ける様になったのは当然の成り行きだった様に思います。

 

湖から渓流へ、そして海へとエスカレートし、シイラや鰹を釣っていた頃、「パラオという所で浪人鰺という大きな魚が私の大好きな岸から釣れるらしい」と悪魔の囁きをした釣友が居ました。息子の30cm程度の地球儀を逆さにして見てもパラオなんて所は無い。大きな世界地図を買い、2人で見る事1時間・・・「アッ、もしかしてこれか?」何とも心もとない大きさではアーリマセンカ!ゴミが印刷ミスかと思えるほどに、本当にこんな小さな島で釣れるのか?と言う疑問が先に頭を過ぎりました。そして女房に「パラオと言う国に魚釣りに行っても良いか?」と恐る恐るお伺いを立てた所、何と、女房の親父の弟が、パラオ、それも私が行こうとしたペリリューで戦死しているとの事。そんな繋がりで第一関門はすんなりとクリヤーでした。

パラオの第一印象は、ここが竜宮城の舞台なのでは?と思ったほどでした。しかし、海の透明度と、人を寄せ付けない荒々しさの両面をもつペリリューの磯は、住んで居る人の心優しさとは正反対に、スパイクシューズの底を切り裂き、自然と魚を守っているかの様に、私達を拒み前に立ちはだかりました。当時は未だ、ルアーでの大物釣りのシステムが出来ていない時期でもありましたので、太い糸を結ぶ事さえ完全で無かった私達は、いくつものルアーをペリリューの海にプレゼントしていました。それでも、覚えたてのラインシステムで糸を結び、紺碧の海に向かってルアーを投げ続けました。私の投げたルアーが上手く泳いだ瞬間、数匹の大きな魚体が私のルアーに纏わり付き我先にと襲い掛かってきた瞬間のことは、今でもスローモーションで私の脳裏に蘇ってきます。「アッ」「アッ」の声だけで、興奮で膝はガクガクと震え、何も出来ずに呆然と佇むばかりの初パラオでした。その後、リベンジの権化と化した私のパラオへの執着は、3年前に亡くなった女房に「お父さんが釣りをやらなかったら、おと一軒家が建ったのに」と言われる程。当時の衝撃はそれほどだったのです。

そして、パラオに通い始めて8年位経った時期から、パラオに住みたい気持ちが強く芽生え始め、様々な出会いが様々な繋がりを作り、パラオで知り合った者同士が、このパラオで助け合いながら仕事を立ち上げました。ライフワークの釣りを「GT EXPRESS」として。パラオに住みたいと言う夢を、IZAKAYA「夢」として。私は今、パラオに根を下ろそうとしています。初めてパラオに来てから16年経って、私の大好きな釣りを通じてパラオに人の輪を広げたいと思い、釣りの同好会を作ろうとしています。未経験者大歓迎です。楽しみながら釣りをし、一緒にお酒を飲みたいと思う人が居たら「この指トマレ」気軽に声を掛けて下さい。 

 

渡辺 康太郎

坂入 迪郎(サカイリ ミチオ) 
16才の春から、ルアーフィッシングの虜と成り、湖、渓流、海、とルアーフィッシングの可能性を求め続ける。家庭を持ち、かつ、勤め人の身で有りながら年間50回以上の釣行を行った時期も有りました。今、パラオで、ルアーフィッシングを通じて、お友達を作りたいと考え、広く仲間を募集しております。パラオに釣りのクラブを作りませんか?