最近ウォーキングを始めました。きっかけは、運動不足解消と早起きの為です。パラオではどこへ行くにも車を使うので、本当に普段は歩く機会が無いのです。そして仕事が午後から夜遅くまでの私は、どうしても夜型となってしまい、朝起きるのが遅くなりがちで、遅く起きた朝は沢山寝たにもかかわらず、身体がだるく、頭もスッキリとしません。そんな私の姿を見て夫(パラオ人)が、早起きして一緒にウォーキングしようと、言い出したのです。
ウォーキングなら道具もいらなくて手軽だし、道路もようやくアスファルトで舗装され一応歩道もあって歩きやすいし、という事で始めました。日中は暑いので、とても歩けたものではありません。日なたに立っているだけで、汗が流れてきます。ですのでやはり朝、5時半頃に出発します。準備運動をして、片手に水の入ったペットボトル、首にタオルをかけて、夫は犬避けの棒を持って、パラオは道路のいたる所に野良犬や放し飼いの犬がいるのです、噛み付かれたりはしないと思いますが、念のため。
歩き始めは、長い下り坂です。半分くらい歩いた所で少し民家があり、いつもおじいさんが家の前のベンチに座って『トゥータウ(おはよう)!』とあいさつしてくれます。夫は かなり後ろからついて来るので、このおじいさんから『遅いじゃないか』とからかわれているようです。そしてマングローブの林(ここには時々ワニが現れるというのですが、まだ見たことがありません)を過ぎて、一面の大きなタロ芋畑を過ぎ、坂を上って折り返し地点はバスの停留所です。車を待っている顔見知りのおじさん達と少しおしゃべりをしてから、復路出発です。
帰り道は朝日が眩しく、少し汗ばんできます。小鳥たちの鳴き声、ウグイスのような鳴き方をしている鳥もあります。ニワトリもさかんに歩き回り、車が行き交うパラオの朝の風景です。通りの民家からは魚をフライしている美味しそうな匂いがしてきます。![]() | NORIKO Y.IECHAD |

先
日お客さまから質問されました。「パラオで生活して行く上で、これが無いと絶対困るという物は何ですか?」と うーん、なんでしょう?色々あるかも知れませんが、私はまっ先に車だと思いました。公共の交通機関の無いパラオでは、陸の上では車が無いと仕事にも買い物にも、何処へも行かれません。私自身、車の無い生活など考えられません。それではパラオでは、全世帯が車を所有しているのでしょうか?違います、車を持たない人も確かにいます。そんな人たちは近所の人や、親戚の人に乗せてもらったり、道路の十字路でヒッチハイクよろしく同乗出来る車を、待っていたりします。さすがパラオ、待っていれば誰かしら知っている人が通りかかり、乗せてもらえるのでしょうね。
車の交通量は、年々増えて行くように思います。私が初めて訪れた20年前は、ちょっと街を離れると、頭に大きなカゴを載せたマアス(おばちゃん)が道路の真ん中を、のっしのっしと歩いていたものですし、走っている車も古く、数は少なかったです。今はどうでしょう、朝夕のコロールのメインストリートの渋滞は激しく、遅刻するのでは、とヒヤヒヤです。走っている車の殆どは、日本の中古車です。従って右ハンドルで右側通行というヘンテコな状況になってます。たまにアメリカ車、そして最近は韓国のヒュンダイなんかも目にします。通勤の車、子供を学校へ送って行く車、スクールバス、それからピックアップカーの荷台に、何人もの出稼ぎ労働者を乗せて工事現場へ向かう車などなどです。パラオ人の運転はとても大らかと言うか、ウインカーを出さずに曲がるのは日常茶飯事、対向車が知り合いだったりすると、双方停まって立ち話?が始まったりするのです。前方にはいつも注意しておかないと、前の車が減速したら要注意です。
そんなパラオも最近、道路工事がようやく終わり、センターラインが引かれ、交差点によっては右折専用レーンや、横断歩道が出来、ずいぶんと走りやすくなりました。以前は穴ぼこだらけで、こっちを避けても又こっちに穴ぼこ、という具合で、何処をどう走っても必ずゴトンと、穴に入ってしまうのでした。横断歩道は歩行者にとって、非常に有り難いですね、信号の無いパラオでは、ちょっと道の向こう側へ渡りたくても車が中々途切れずに、隙を見て走って渡るという感じでしたので。
走って渡ると言えば、私の家の近所では、ニワトリがよく道路を横断して行きます。早く渡ればいいものを、車が近付くまで様子を伺って、それから慌てて決死の形相で走って行きます、時には後ろにヒヨコを従えている事もあるので、これも注意が必要です。犬も道をふさいで寝ていたりするのですが、こちらは車に驚く様子も無く、面倒くさそうに道を空けてくれます。雨上がりなどにはカニも歩いていたりしますし、ココナツの実もよく落ちています。車を駐車する際は、頭上にも注意、ココナツツリーの木陰に停めるのは涼しそうだけど、ココナツの実が車の上に落ちて来たら大変です。ああ、やっぱりパラオ、車が増えて道路がきれいになっても、自然はまだまだ残っています。素晴らしいパラオの自然に乾杯!
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ワ
タクシ 今パイナップルにハマっています。今、というよりこちらに来てからずっとなのですが。日本に住んでいた時は、生のパイナップルを丸のまま買ったことなど殆どありませんでしたし、どうやってサバく?のかも分かりませんでした。しかしパラオに来てその新鮮なおいしさに夢中になってしまいました。
さて、このパラオのパイナップル何種類か有ります。葉のふちが小さなトゲトゲになっている物(これはもぎ取る時に気を付けないと痛いです)実の部分が細長い物、ふっくらとしている物など。私の好きな物は実は小振りでふっくらとして、トゲトゲの葉の物です。味が甘く、濃くてとても美味しいです。
私がいつもパイナップル!と騒ぐので戴くことも多く、ストアの人から電話があり『ウチに食べないで置いてあるから取りに来なさい』と言われたり、またある時は大きなパイナップルを買ってストアを出た所で見知らぬおじさんから『小さいけど甘いよ』ととっても可愛いりんごくらいのサイズのパイナップルを戴いたこともありました。パイナップルを抱えてニコニコと嬉しそうにして余ほどのパイナップル好きに見えたのかと、少し恥ずかしかったのですが、パラオのひとはホントに優しいですね。そんなこんなでシーズン中は我が家の冷蔵庫に欠かさず有ります。シーズンが終わると寂しいですが、庭のパイナップルが実を付ける日を夢みて過ごす日々であります。
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パ 今回は そんなパラオ人像にせまってみようと思います。 まずパラオの人はとても礼儀正しく、年長者を敬い、子供の躾もきちんとしています。私の勤めているDFSにもパラオ人のお客さまがお買い物に来ますが、小さいお子さん連れのお母さん、お父さんは子供がやたらと商品を触ったり、いたずらをしないよう本当に良く目配りしています。子供達も小さな子の面倒をよく見て遊んであげたりしています、これは普段から親戚付き合いが多く、色々な年代の子供達が一緒に遊ぶ機会があるからだと思います。日本の子供達も昔はこんな感じだったのではないかと思います。 そして皆、お喋りが大好き。娯楽が少ないパラオではお喋りも立派な娯楽のひとつなのでしょう。大の男が5?6人集まって車座になり、ビンロージを噛みながら身ぶり手ぶりを加えて本当に楽しそうに何やかやと話しています。時折ウッシッャシャーと爆笑している姿は何のコトかさっぱりわからないけど、面白そうだな?と興味シンシン。でも実際はどうでもいいような話しを何回もくり返し話しているだけのような気もします。 それから器用、小さな家具とかベンチなんかは手作りしてしまうし、ちょっとした家の修理なんかも自分達で直してしまいます。南の島の人というと手先の細かい作業は苦手というイメージがありましたが、パラオの人は何でもこなしてしまいます。これは意外な発見でした。 こうして書いてみるとやはり 日本人とは違う所もありますが、パラオの明るい太陽のような人びとに囲まれて 私も明るく元気な日々を過ごして行きたいと思うのでした。
次にパラオ人男性。これは私の夫もパラオ人ですし、皆さんもダイビングなどの際にパラオ人スタッフと接する機会も多と思いますが、一見すると顔は真っ黒でしかも濃い、図体もガッチリしていてコワそうなのですが、話してみると優しくて笑顔が何ともチャーミングでボートの上を身軽に飛び歩く姿はまさに海の民です。
最後にパラオ人女性。これはとても興味がありました。今迄何度もパラオを訪れていましたが、パラオの女性と接する機会と言えば夫の母や姪くらいで・・・。特に同年代の女性がどんな感じなのか、女の友達が欲しいと思っていました。さて、そのパラオ人女性像は、やっぱり陽気です。面倒見が良くカラッとしていて、イヤな事はすぐに忘れていつまでもひきずらないと言う感じです。歌やダンスも大好きで、職場でもラジオにあわせて歌ったり踊ったりしています。それを見ると私はとても可笑しくなってしまって「どうしてそんなに面白いの?」と聞いてしまうのですが「だって真面目腐って仕事しててもつまらないでしょ、だからこうして楽しくしてるのよ」という答えが返って来ました。そんな正当な理由があったなんて・・・そう言えばお葬式の時もそうでした。最初は親族だけで故人とのお別れをして思いきり泣くのですが、その後は参列者の中から自然と歌が始まり、立ち上がって陽気に踊りだすのです。その昔 悲しみのあまり泣き続けて病気になってしまった人がいたので、笑って悲しみを忘れてしまおうと言う事で始まったそうです。
NORIKO Y.IECHAD
2006年6月にパラオへ移住 現在はDFSパラオに勤務
私 いつかパラオで暮らしたいと思いながら毎年パラオに通い、そしてパラオ人の夫と結婚して 5年ほど日本で暮らしていました。そしてそろそろパラオへ帰りましょう、と言う事になり去年の6月に移住して来ました。 当初は夫の実家の上に建て増しをして2世帯住宅のようにしようという計画でしたが、建物の高さ制限があってダメでした。 急きょ家を探し、中心地コロールから車で30分くらいのアイライ州の分譲住宅に住むこととなりました。 我が家の間取りは2ベッドルーム、ダイニングキッチン、リビング、シャワー トイレ。2LDKといったところでしょうか。バスタブはありません。パラオの殆どの家はそうだと思います。日本で暮らしていた時に夫はお風呂をとても熱がったので、一度ぬるめのお湯にしたら「気持ちいいね?」と入ったのですが、ノボセてしまいそれ以来冬でもシャワーでした。だからこれでもいいのですね。 家の中に入り驚いたことには付属品が全く付いていないこと。キッチンにはキャビネットがありますが、その他はカーテンレールも、トイレットペーパーホルダーも、タオル掛けもシャワーカーテンも、物入れすら無い状態でした。仕方ないのでひとつずつ自分達で付けていきました。日本から送った家財道具や台所用品などもまだ届かないので、TVもラジオも無いとてもとてもシンプルな生活。でも夜に外へ出てみると満天の星が見られます。星座なんて分からないほどに沢山のキラキラした星を見上げているだけでパラオに来て良かったと思うのでした。 最近、家の正面にはハイビスカスの苗を植えました、30センチ位だったのが今はずいぶんと大きくなって色とりどりの花を咲かせています。庭にはフルーツの苗を植えました。グアバ、レモン、パイナップル、サウサップ、そしてアボカド。まだまだ実は成りそうにありませんが、いつか食べられる日がくるのを楽しみにしています。 NORIKO Y.IECHAD
パラオの習慣では引っ越しは満月の日でないといけない(日本の結婚式は大安の日の様なものらしい)ので、7月の満月の日から新しい家での生活が始まりました。まだ両隣は越して来ておらず、ハス向かいに教会がある他は何も無く広い土地にポツンと小さな我が家が建っていました。
最初の数カ月は仕事もしていなかったのでパラオに住んでいるという実感が無く、長い長い夏休みのような感じがしていました。洗濯を終えてテラスのベンチでボーッとしていると、バナナやココナッツの葉がサワサワと風で揺れる音が心地よく、遠くでニワトリの鳴き声が聞こえて、いつの間にやらウトウトとしてしまうのでした。まさしく楽園。何も無いけど贅沢な日々ですね。
2006年6月にパラオへ移住 現在はDFSパラオに勤務